北海道南西沖地震

更新日:2017年6月25日

北海道南西沖地震は1993年(平成5年)7月12日(月曜日)に発生した、最大震度6・マグニチュード7.8の大地震です。震源は奥尻島でした。こちらのページでは実際に北海道南西沖地震を経験された方々の体験談をご紹介しております。

体験談

●●私がこれまで体験した地震の中で印象に残っているのは、東日本大震災も当然そうなのですが、それ以外となると、北海道南西沖地震を挙げます。当時私は17歳になった頃でした。親元を離れて学校の寮で暮らしていました。高校二年生です。

ある夜、強い揺れに襲われました。揺れは長く続きます。私は同部屋の友人と一緒に部屋を出て、外へ出ようとしました。すると他の部屋からもみんな出て来て、外へ出るために階段を下りていきます。上級生の人たちも上の階から下りてきました。

あとで思い返して面白かったことがあるのですが、それは、みんなだいぶ落ち着いていた、ということです。それで特に混乱もなく避難することができました。私の考えはこうです。というか、私はこうでした。

つまり、十代の少年たちが男子寮に住んでいるわけです。地震が起きたといって慌てふためいたら、男としてみっともないと思われるでしょう。だから、みんな平静を装ってゆっくり逃げた、というわけです。

でも、かえってそれが幸いしたということでしょう。みんなが我先にと逃げ出したら、けが人が出ていたでしょうから。避難の途中で、停電にも襲われて、建物の中が真っ暗になりました。

結局、外に出る前に揺れは収まったので、みんなそのまま自分の部屋へと戻って行きました。私の実家は震源地に近い海辺の集落なのですが、後で聞くと、やはり地震があった後、すぐに高台にある小学校へ避難したそうです。

その年の夏休み、地震にまつわる切ないでき事がありました。1993年7月に起こった北海道南西沖地震は、北海道南西部にある離島、奥尻島に大きな被害をもたらしました。津波もその一つです。その、津波によって流されたであろう住宅の残骸の一つが、私の地元の港に流れついたのです。

私は夏休み、たまたま地元の港に行ってそれを見てしまいました。三角の形をしていたので、おそらく屋根の下の部分が流れついたのだと思います。それを見た瞬間、私は初めてその地震の凄まじさを心底理解しました。

それを見るまで、私の中でその地震は、「揺れた、怖かった」それだけでした。テレビで被害の状況も見ましたが、ブラウン管を通すとなぜだか遠い世界のでき事に思えるのです。

しかし、その漂着物を見た瞬間、今回の地震によって失われた財産、失われた命が、確かにあったんだ、ということを腹の底から分かったのです。とてもショックでした。今でもあの瞬間のことは忘れられません。

火災保険の一括見積もり

【簡単3分】一括見積もりで保険料を20万円以上節約できました!