阪神淡路大震災

更新日:2017年7月15日

阪神淡路大震災は1995年(平成7年)1月17日(火曜日)に発生した、最大震度7・マグニチュード7.3の大地震です。震源は淡路島の北部でした。こちらのページでは実際に阪神淡路大震災を経験された方々の体験談をご紹介しております。

体験談

●●当時、大阪市内に住んでいました。家族構成は私と夫、2歳と6歳の子供2人です。冬の間は寒いので、一番狭い部屋を寝室代わりに使っていました。その晩、深夜3時を回った頃でしょうか。特に暴飲暴食や体に合わないものを食べた訳でもないのに私と夫は腹痛を覚え、2人で交互にトイレへ行くことを繰り返していました。

腹痛が収まった頃、今度は2歳の子供が泣き始めました。おむつを替えたり、ミルクを飲まそうとしても嫌がって泣き続けます。

服の中に何かチクチクするようなものでも入っているかもと脱がしてみましたが、何も見つかりませんでした。色々手を尽くしましたが、一向に泣き止まず、救急病院へ電話してみようかと思った瞬間に揺れが来ました。夫も私も布団の上に体を起こしていたのですが、倒れてしまいました。

それでも夫は子供たちに覆い被さって庇い、私は箪笥が倒れないよう、必死で押さえました。夫は本棚から落ちて来た本が当たって痛そうでしたが、怪我もなく、子供たちも大丈夫でした。

それから、急いで床の間に行きました。床柱は頑丈なものを使っているので、そこが安全と聞いていたからです。皆で毛布に包まり、くり返し起きる余震が収まるのを待ちました。私は両親が住む愛知県方面に東海地震が起きたのではと思い、実家に電話しましたがそうではないとのこと。

テレビをつけ、夜が明けるに従って大変な事が起きたんだなと実感しました。我家の被害は食器が少々割れた程度でしたが、腹痛も起こさず、子供も夜泣きしてなかったら本棚や箪笥が倒れたりして相応の怪我をしたのではないかと思います。

その後、淡路島のあるお宅で地震の前に赤ちゃんが泣き止まず、別室へ連れて行ったら地震が発生、ほんの数分前に赤ちゃんが寝ていたベビーベッドの上に梁が落ちたという話を聞き、我家にもそれと似たことが起きたのではないかと思った次第です。

●●阪神淡路大震災の体験が忘れられません。地震後、仕事に行こうにも電車がストップしていましたし、連絡も取れませんでした。

一戸建てに住んでいて、その家自体には損傷はありませんでしたが、家の中は足の踏み場もない状況でした。ともかく周辺が心配でしたので、明るくなると同時に、家の周辺を見て歩きました。そして、いかに自分の家が危険と隣り合わせだったかということに愕然としたものです。

自宅から200メートルばかり歩くと、そこはガス漏れらしき匂いが立ち込めていました。木造の古い家のいくつかは、壁が崩れたり、屋根が落ちていましたし、遠くでは緊急車両のサイレンがひっきりなしに響いていました。まったく予想外でした。こんな近くに崩れている家がいくつもありなんてこと自体が信じられませんでした。

後になってわかったことですが、幸い私の家の周辺では亡くなった方はいらっしゃいませんでしたが、こんな大きな地震が身近に起こり、亡くなった方が出たかもしれないという光景を、いまだに忘れられず、鮮明に覚えています。

家に戻り、崩れた家の光景を思い出しながら、家の中を不安な気持ちを引きずりながら、家族で手分けしてかたずけました。その後、ガス、水道、電気のインフラもなかなか復旧せず、それから2週間ほど、不便を強いられましたが、ともかく無事だったこと、それだけで十分だと思えました。

●●日本は地震大国ですが、私が住んでいる地域は、本当に地震が少なく、震度2程度の揺れでもお騒ぎするほど、地震の体験がありません。もちろん、地震に対して防災意識は少ないですし、避難訓練など、お遊びのようなものでした。

ところが、あの阪神大震災が起きました。この地域では震度3~4でしたが、ものすごい揺れに感じ、本当に恐怖を覚えました。震度7だった神戸の方々は、さぞかし揺れたでしょう。この程度で、騒いだ私たちはとても恥ずかしかったです。

それから、少しずつ地震に対して気になるようになりました。転倒防止のために家具に棒を建てたり、食器棚にゴムをつけて開かないようにしたり、寝る場所も考えました。なるべく、家具の少ない部屋に移動し、いつ地震が起きてもいいように家族で話し合いをしたりしました。

そして、阪神大震災から数年後、とうとう私たちの町も大地震に襲われます。最大震度6強という、大きな地震が町を襲ったのです。昼間でしたので、家族はバラバラ。私は、会社の中で、必死に机の下にもぐり、声にならない悲鳴をあげていました。ほんの数秒だったと思いますが、とても長く揺れたような感じがしました。

外にでようと思いましたが、足が震えて歩けません。みんな這うようにして、なんとか外に出ました。外にいた人もみんな、しゃがんで、ただ茫然と座り込んでいましたね。幸いにも、大きな被害もなく、死者も出ませんでしたが、日本中どこでも大きな地震はくるのだとわかりました。

幸いこの地域では東日本大震災では揺れを感じることがありませんでしたが、今後は、関東・東海・南海など、いろいろな場所での巨大地震が予想されています。備えあれば憂いなしです。必ず来る地震に対応できるよう、一人一人が努力することが必要だと思います。

また、最後になりますが、地震保険も欠かせないなと思いました。既に加入されている方でも一度火災保険と併せて見直しをされた方が良いと思います。

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