福岡県西方沖地震

更新日:2017年10月12日

福岡県西方沖地震は2005年(平成17年)3月20日(日曜日)に発生した、最大震度6弱・マグニチュード7.0の大地震です。震源は福岡県北西沖でした。こちらのページでは実際に福岡県西方沖地震を経験された方々の体験談をご紹介しております。

体験談

●●私がはじめて地震に恐怖を感じたのは「福岡西方沖地震」の時でした。それまでにも地震を経験したことは何度かありました。規模は小さなものだったので、幼い頃から両親に言われていたとおりにテーブルや机の下に隠れるだけでも十分に身を護れる程度の地震です。

しかし、福岡西方沖地震の時には今まで安心感を抱いていたテーブルや机の下にいることがとても心細く、心の底から恐怖を感じました。

部屋にあるたくさんの物が落下し、窓ガラスは割れ、どんな時でも私を護ってくれる存在であるはずの母の顔が恐怖で満ちていました。あんな母の顔を見たのはその時が初めてで、今でも鮮明に覚えています。

福岡西方沖地震を経験してから、初めて自分の身を護るための準備ということをするようになりました。もちろん、自分の体験した地震が、それまでに考えたことのなかった「地震への備え」をするようになったきっかけです。

でも最大の理由は、その時私に大きな恐怖を与えた地震よりも、はるかに大きな地震が過去に日本を襲っているという事実を知った時に、その想像を絶する恐怖に何も準備せずにはいられなくなったんです。

きっと地震に対しての準備を何もしていない人は数え切れない程にいると思います。でも、ただ漠然とでもいいので、何か準備をする必要があると思いますし、するべき時だと思います。「準備をしておくべきだった…」とならないためにも。

●●当時は学生で、一人暮らしをしていました。丁度家にいて、自動車学校へ行こうとしていたときに経験したのです。揺れたときは本当にビックリしました。

部屋の洋服を掛けるフックが倒れて、綺麗なフローリングにポッコリと穴が開いてしまいました。出かける準備をしていたので、そのまま玄関先へ飛び出しました。福岡は地震はないと過信していたので、すごくショックでした。

●●3月のある日曜日。私の住んでいる県で地震が起きました。地震が起きたのは午前10時くらいのことで、休みということもあって私は寝ていました。すると突然、アパートが揺れだしたのです。ただの揺れではありません。横に揺れるのではなく、縦に揺れたのです。

地震が収まって私はテレビを付けました。大騒ぎになっています。家族に電話をしても回線が混乱して通じません。私は自転車を飛ばして実家に行きました。実家は高層マンションの一室です。被害はテレビが台から落ちて壊れた位で、家族は誰も怪我をしていなかったので、安心しました。

●●私が一番大きな地震を体験したのは、2005年の福岡で起きた震度6弱の地震でした。前日の土曜の夜に、私は友人と二人で海へ行きました。「今年の夏が楽しみだな〜」といった他愛のない話をして、気持ちのよい夜風を感じていました。

深夜を回った頃に私は帰宅し、眠りにつきました。その週は仕事が忙しかったので、疲れも溜まっており、待ちに待った週末だったということもあり、眠りにつくのも早かったと思います。

夢の中で、誰かが部屋を揺らしていました。私は、揺らすのをやめるように言ったのですが、やめる気配がなかったので、夢の中で怒っていました。そして、あまりの揺れに私は目が覚めました。震度6弱の揺れが10秒ほど続きました。私は一体何が起きているのか理解できず、ただその揺れをベットの中で眺めているだけでした。

電気がスゴく揺れて、部屋の家具が倒れました。マンションの火災報知器が鳴り、各部屋からドアの音がバタバタとしていました。やっと揺れが収まるとこれはただ事じゃないと思い、さっと着替えて外へ飛び出しました。

マンションのエントランスでは、赤ちゃんを抱っこして恐怖に泣きながら旦那さんであろう相手に電話をしている女性がいました。火災報知器が町中になり響いていました。2011年の東日本大震災はあんなものじゃなかったのだろうと思うと、なんとも言えない気持ちになります。

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